必然のように恋をした。



 よく晴れた平日の午後。ふわふわと浮かびそうになる気持ちを抑えながら、春のやわらかい日差しに目を細めた。一人青い服で歩くのは、きっと町にもこの雰囲気にも、不釣合いであることを知りながら、ただぼんやりと仰ぐ。果てしなく続く、広く青く、澄み切った空を。

“軍人だわ……”
“治安を守るどころか悪化させているというのに、よくも堂々と歩けるものね”
“ほら、2日前に隣町で起きたテロも軍の反抗勢力って……”

 道端で輪になる女性から、もれて聞こえる潜めた声が嫌というほど聞こえた。すぐ脇を通り過ぎても、その会話は途切れることがなかった。軍に対する嫌味に何も思わなくなったのは、一体いつからだろう。ここ一年では、もうすっかりそんな事には目を向けていない気がする。
 それはきっと、どんなに苦しいものだとしても、これが自分の選んだ道である事に変わりは無いから。自分の思う道を進むためには、そんな戯言に脇目などふってなどいらないのだ。

 空に向けていた目線を下げると、50メートルも行かない先を見慣れない人が歩いていた。
ここを歩いているのが不思議と思うほど綺麗な、白いワンピースに身を包んだ女性。店舗が待ち並ぶ商店街の中を、急ぎ足に進んでゆくその姿がとても優雅で、細身の足に、これまた白く繊細な靴をはいている。背の中ほどまで伸びた茶色の髪は緩やかにウェーブして、歩調と共にゆらりとなびいた。
 彼女は町の喧騒から外れるように、すっと裏道に入って行った。
たった一人で、暗い裏道に一体なんの用があるのだろう。一般人をつけていくことは決していい事でない。しかしその不思議な行動に胸騒ぎを覚え、気付けば彼女の進んだ路地に足を踏み入れていた。


「……離してっ!」

 角を曲がってすぐ、目の前にあったのは数人の男に取り囲まれた彼女の姿。腕を掴まれているらしいことを見て取った。男達は抗う彼女の口を押さえ、そのままさらに奥の路地に連れ込もうとしているようだった。考えるよりも先に走り出し、その暗がりに駆け寄る。

「何をしている!」

 すばやく胸元から銃を取り出し構えると、彼らは耳を塞ぎたくなるような汚い言葉を吐いて一斉に散っていく。未だこういった事件が起こるのは、軍部ばかりの責任とは思えない。
取り残された後には、白い蝶が残るばかり。

「大丈夫ですか?」

 薄汚れたコンクリート壁を背に、地にぺたりと座り込んだその女性。優しく声をかけ、手を差し伸べた。まだ日も高いうちからこんな事が起こるとは思っていなかったせいなのだろう。驚きと不安と恐怖に細い肩は揺れ、見上げる瞳に雫が光る。
 しかし戸惑いの色を見せながらも、その凛とした黒の瞳は確かな輝きを持っていた。抱き上げるように立たせてあげるとすらりと長く華奢な手足が、白のワンピースから控えめにのぞいた。

「ありがとう……ございました」

 震える声で彼女は小さく礼をした。肩の髪がさらりと垂れる。見ると洋服の裾が少し汚れていた。その心もまた、今回のことで汚れてしまったのだろうか。
 そんな私に哀れみの体を見たのか彼女はそれ以上何もすることなく、道に落ちた重そうな袋を胸に抱いて踵を返した。

「君っ……!」

 彼女はその声に振り返ることもなく、まっすぐ街の大通りへ抜けていった。ふわりと残る甘い香りだけが、風になびいて鼻をかすめた。

運命なんてものはただの迷信。一緒になった男女が、自分たちの関係に飾りをつけたいがために作ったものだ。
――そう思っていたのは、ほんの数日前のこと。




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